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目白には楽しいことが、めじろおし!

めじろ非公認キャラクター

白目うさぎさん

 氏原文男さん

1986年10月12日生まれ

元WBCムエタイ日本フェザー級チャンピオン / 現プロボクサー(フラッシュ赤羽所属)

学習院大学トレーニングルームトレーナー

目白アスリート

第3回 プロボクサー 氏原 文男さん

 

 

第3回目は、現役格闘家の氏原さんにお話を伺いました!

高校アームレスリング、そして全日本ジュニアアームレスリングで日本チャンピオン、

続いてWBCムエタイ日本フェザーチャンピオンになり、次に目指すのはボクシングの頂点..!!

 

プロアスリートである傍ら、

学習院大学でトレーナーを務める氏原さんの格闘技人生は一体どのようなものだったのでしょうか!?

 

 

――本日はよろしくお願いします

氏:よろしくお願いします。

 

――早速ですが、経歴を教えて頂いてもよろしいですか?

氏:高校生の時に第3回全国アームレスリング大会に左右で優勝して、

      そのあと専門学生時代…19歳くらいの時に東京の知り合いから格闘技にスカウトされて、

  上京したんですよね。大体8年位前かなぁ。

 

――格闘技人気がすごかった頃ですよね?

氏:そうですね、PRIDEとかK-1が全盛期の時に、実はもう一つ団体が出てきてて、

  結局メジャーにはならなかったんだけど、うまく経営が続いていればPRIDE、K-1に続いて

  3つ目の団体になっていたんだけど…

――何という団体ですか?

氏:MARSっていう格闘技団体で、ちょうど日本人選手を探してたんですよね。

  実家が飲食業を営んでいて、そこのオーナーと知り合いだったらしく、

 「アームレスリング大会で優勝した高校生がいる」ということを聞きつけて、

 「初めての日本人選手にならないか」と、誘われたんですよね。

――すごい偶然ですね

 

 

氏:元々は整体師になりたくて、

  就職も決まってたんですけどそれを断って上京したんですよ。

――就職を断ってですか!?

氏:昔は、空手の世界のチャンピオンになりたくて小さい時から空手を続けてたけど、

  高校時代まさか1年でアームレスリングのチャンピオンになれるとは思わなくて…

――えっ、1年でチャンピオンになったんですか!?

氏:本当はやる気はなかったんだけど、ノリで友達から全国大会に誘われて、

 「やるからには本気になってやろう」と。

  昔から空手とか格闘技でチャンピオンになりたくて努力を続けてたけど、

  まさか簡単に…と言ったらおかしいけど(笑)表彰台に上ってしまって、

 「自分が目指すべきところはここではないな」って…。

  そして、専門学校を卒業する時に、

 「このまま就職していいのか」「アームのチャンピオンで終わっていいのかな」って葛藤があった時に、

  ちょうど格闘技の誘いがあって、東京に飛び出てきました。

 

――小さい時から格闘技のチャンピオンへの憧れが強かったからですかね?

氏:そうですね、だからやるからにはK-1のチャンピオンになってやろうと!

  「魔裟斗を超えてやろう」って!(笑)

――魔裟斗さんすごかったですからね(笑)

氏:あの時は19歳でイケイケだったし、闘争心丸出しだったから…

      MARSで頑張ってたら、K-1からオファーがあるんじゃないかって思ってたので。

――それを目標に努力してたんですね

氏:今まで空手しかやってきてなかったから、

      上京して本格的に格闘技をやり始めて半年でデビューしましたね。ちょうど20歳の時でした。

 「横浜文化体育館」っていうところで…横浜でデビューしたのが始まりでしたね。

 

――そうなんですね…その後MARSではどうだったのですか?

氏:2008年までMARSで頑張ってたんだけど…

      方向性や経営のこともちょっとあって、MARSは辞めて、キックに転向したんですよね。

      2008年10月にNJKFっていって、ニュージャパンキックボクシング連盟に移籍をして、

   「心・センチャイジム」というリングネームで、2008年10月にデビューして、

      2009年の9月にWBCムエタイの初代日本チャンピオンを獲得して…

      それが上京して初めてのタイトルでした。

 

 

――そこから、次は世界を目指し…?

氏:これが最後になるんですけど、2010年に世界戦をやりました。

  WPMFっていう世界プロムエタイ連盟のタイトルマッチに出場して…

      当時のチャンピオン”ムエタイ十冠王”であったムエタイのレジェンドに挑んで、負けたんですよね…

  そしてその前から目のケガがあって、医者からも止められていたのですが、

      世界のベルトもありますし、もし勝てたらK-1からのオファーがあるだろうってことで強行したんですが…

  その試合で目の症状が悪化しちゃって、滑車神経障害という病気にかかってしまって、

  2年…1年くらいリハビリ生活になりましたね。

 

――では、それっきり格闘技はできなくなってしまったのですか…?

氏:後遺症で世界戦の後は6か月くらい頭痛とか目の痛みが続いて、

  トレーニングとかも一切できない状況が続いたんですよね。

  それで、自分も酒に溺れるじゃないけど、現実逃避をすごくしたくなっちゃって…

  ただ、ちょうどいい時期に、2010年度から学習院大学のトレーナーとして勤めることになって、

  学生の頑張ってる姿を見て「自分も腐らずにもう一回頑張ってみよう」という気持ちになったんですよね。

 

――学生の姿が刺激になったんですね

氏:はい、そして2011年の5月くらいから

  「このままじゃいけない」という気持ちになった時に変な夢を見て…

 

――夢ですか?

氏:”もう一度大きな舞台でベルトを獲ってガッツポーズをしている姿”が見えたんですよね。

    それもきっかけとなって「立ち上がらなきゃ」と。

 

――そこからまた格闘技を始めたのですか?

氏:いや…最初はゆっくりランニングとかコツコツ始めていって、

  その年の7月に、ボクシングに出会ったんですよね。

  世界戦のリベンジをしたいという思いでボクシングをプラスアルファとしてやっていたのですが、

  その選手が引退しちゃったんですよね…

  そして燃え尽き症候群になっている時に、コーチや周りの人に相談して”発想を変えてみよう”って

 

――発想を変える…?

氏:キックボクシングを引退して、ボクシングを一から始めよう、と。

  キックボクシングとボクシングは似て非なるものでやることに抵抗はあったのですが、

  今のコーチに相談したら

 「覚悟を決めたなら、最低でもお前を日本チャンピオンにしてやる」って言ってもらえたので、決断しました。

 

――そして、その後は完全にボクシングに転向したんですね

氏:2012年の7月にプロテストを受けて、2013年の1月にプロデビューしました。

  後楽園のリングには3年半ぶりに立ちましたね。

 

 

――目の怪我がある中で恐怖はなかったのですか?

氏:考えないようにしましたね。

  技をもらってしまうのも、試合に臨むのも自分の責任なので、

  緊張感をもつことでそれが刺激になって、ポジティブに練習していくようにしています。

 

――当面の目標は日本チャンピオンですか?

氏:そうですね、上京した時から世界チャンピオンを目指してますし、

  それに向けてまずは日本チャンピオンを…アームレスリング、ムエタイに続いて

  3つ目のチャンピオンを絶対に獲ります。

  不安とか恐怖とかに負けないで、自分を信じて達成するべきものに向かおうかな、と

  自分が生まれたこの日本で、レジェンドになりたいですね。

 

――試合、ぜひ応援しに行きたいと思います!本日はありがとうございました!

氏:ありがとうございました。

 

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